2020年初頭より急激に騒がれるようになったDXという言葉が、例外なく不動産業界においても流行しています。ちなみにDXというのはデジタルトランスフォーメーションの略語です。どうやらアナログからデジタルにトランスフォーム(変身)するということのようです。
私の社用メールに届くダイレクトメールを開くとDXに関するセミナーや商品のPRの嵐です。彼らIT系の企業から言わせると不動産業界は「アナログ」な業界だと。
・・・なるほど、おっしゃる通りだと思います。
実際に行っている業務といえば、チラシを印刷して、電話での問い合わせを受け、現地内覧に同行し、契約書を作成し、面前で印鑑を押してもらい、銀行窓口で現金か振り込みで支払う。最初から最後までアナログですね。賃貸や売買という違いはあれど、大枠は変わりません。そんなアナログな業界でも、結局物件ありきの商慣行が続いていたため、長らく変わることがありませんでした。
新型コロナウイルス流行による変化
そんな業界のトレンドを一気に破壊しにきたのが新型コロナウィルスです。今までのやり方では通用しなくなった業界全体は一気にこのDXとやらが流行りになりました。これを好機と見たIT企業の多くがそれらのIT商品を売り込みに躍起になっています。もちろん弊社も ご多聞に漏れず、対策の必要性に迫られた結果、たくさんのデジタルツールを新規に導入することとなりました。結果、とても多くの部分でアナログで行ってきた業務がデジタルツールに置き換わっています。例えば以下のような流れです。
ウェブで問い合わせを受け、ウェブで面談をし、現地内覧に同行し、ウェブで申し込みを受け、契約書を取り交わし、鍵を受け渡す
といったように。
新型コロナウィルスが猛威を振るっていた時期にはこんな事例が発生するたびに、ツールを導入してよかったと思ったものです。
でもしばらくしてふと思いました。
なんかちょこちょこアナログが残ってるけど、これってDXなの?変身なの??
もしかして新しい道具を導入しただけなんじゃないの???
って。
その疑問が生じてから必死にDXについて考えるようになりました。
アナログな不動産業界
アナログって連続性、デジタルは段階、と表現されることがあります。連続性の中でしか意味を持つことができないものなのか、分離しても成り立つことができるものなのか、ということでしょうか。しばしば時計が参考に用いられると思います。アナログ時計で12時の文字だけ持ってきても、何の意味も持たないけど、アナログ時計で、12時というところを持ってくれば12時ちょうどという意味を持たすことができる、という感じでしょうか。
そういう意味でいうとまさに不動産取引はアナログだったと思います。古来より、不動産業界では「担当者制」が広く用いられておりました。例えば古来の賃貸の流れにおいて担当者制を当てはめるとこんな感じです。
担当者Aがいたとします。物件の所有者様から貸し出しの相談をAが受け、Aが広告活動を行い、問い合わせをくれた借りたいお客様にAが応答し、Aが現地同行を行い、Aが申込手続きを行い、Aが貸主との条件折衝を行い、Aが契約書の作成を行い、Aが契約手続きをし、入居後のサポートもAが行う・・・
という延々とした流れがAを軸に繰り広げられます。そして同じことを担当者Bも同様に行います。もちろんAが行っている業務をBは知りません。AがいないとAのお客様は対応を受けることができません。Aの休暇中には全ての流れが停止してしまいます。取引の流れが顧客を軸に進められるのではなく、担当者を軸に進められるという意味合いがとても強く出てきます。
もしここに低モラルな担当者がいたとすれば、誰にもばれることなく悪事を働くこともできてしまいます。事実、そのような低モラルな取引担当者が過去に多くいたからこそ(弊社にはいないですよ!)、不動産業界において負のイメージがもたらさせていることは否定できない事実です。
でも担当者制というアナログ=改善対象と切り捨ててしまってもいいものなのでしょうか。担当者が取引においての川上から川下まで全てを携わっているために、当然に引き継ぎ作業なども不要です。当事者間での認識の相違などが発生しづらいという利点もあります。責任感をもって取引に従事している担当者も数多く存在しています。
お客様のためのDX
デジタルはデジタルで、アナログはアナログで、それぞれ良いところがたくさんあります。弊社としては、「デジタルを取り入れる」とか「アナログをデジタルに置き換える」のではなく、「アナログとアナログをデジタルでつなげる」ことが弊社にとってのDXととらえ、その体現を目指しています。
お客様との信頼関係構築の過程において、最終的に現場で担当者が提供すべき安心感や、信頼などはデジタルツールへの置き換えはできないものです。そこにこそ「人」という最高の「アナログ」は在るべきものです。
ただし、人には得手、不得手がありますし、状況やステージが違えば、対応すべきベストなアナログとしての人材はかわることがあります。
担当者性が強ければ強いほど、そのような状況の変化への対応力が弱まってしまうことにもなります。
常に顧客体験をよりよいものにする為には、状況に応じ対応すべき担当者が変わる(もしくは同時に複数人で対応する)必要があります。その上で、重要なアナログの点と点を結び、最大の効果を発揮させるためには、包括的な仕組みとしてのデジタル化は不可欠です。
同時に、目指すべきはDXお客様体験の向上のためであり、デジタル化はその手段にすぎず、それのみが目的となりえるものではありません。
弊社においてはかなり前から、管理センターと営業部を分け、貸主様と借主様の主とした担当者を分けておりました。つまりごく初歩的なデジタル化を進めていたといえるのかもしれません。しかしそれでは不十分で、結局それぞれの部門においての担当者制は根強く残され、その弊害も出ていました。そのような中で、弊社なりのDXを体現することで、担当者がいることによることのメリットを残しながら、デメリットを排除することで顧客体験を最大化できないかという試行錯誤を重ねています。
反響対応チームの創設
一例として、現在取り組んでいるのが反響対応チームの創設です。反響とは業界用語で、広告掲載後のお客様からの問い合わせを意味しています。新しいチームはその広告問い合わせの応答に専念させることとしています。
従来の弊社も含め、一般的な不動産業者は問い合わせがあった際、その問い合わせごとに営業担当者を割り振ることが多いです。
その割り振られたお客様を各営業担当がその責任の中で応対を続け、成約に導く活動を行います。その営業活動の中では①問い合わせに対する応答(追客活動)②物件現地同行に二分されます。ここを弊社の場合対応チームを分離することとしました。その背景にはお客様の住まい探しの方法の変化がありました。
住まい探しの変化
コロナ前は賃貸を希望するお客様の多くが直接来店されていましたが、新型コロナウィルスにより店舗への飛込来店数が急減することとなりました。しかしながら、インターネット広告などによる問い合わせ数においては変動がありませんでした。従来はお客様の多くが、とりあえず店舗に来て物件を探していたのが、まずネットで調べて、そこできになった物件に内覧希望をしてから店舗への来店するようになりました。
弊社は駅前に店舗を構えているので、今までは②さえ徹底していればある程度の入居率の確保が可能でした。それが①の反響後の店頭呼び込み(追客といいます)という業務の比重が急激に高まることとなり、また同時にその業務の専門性を高める必要に迫られることになりました。
営業活動が記録されているデータベースを分析した結果、営業担当者の中でも、追客業務と現地同行業務それぞれの得手不得手があることが見えてきました。そこで、追客業務を得意としている担当者をそこに専念させ、現地動向業務を得意としている担当者との分業協業制を敷くことにより、全体としての入居率をより高めるということを狙いとしています。そして各チーム内では全てのお客様とのやり取りをすべて統一したデータベースにより共有し、だれでも、いつでも、どこからでも素早く対応することを可能としています。各業務に専業しているからこそ、圧倒的な活動総量を残すことができています。
このような業務の共有化において、紙面で顧客情報を保存するような従来のアナログ方法では実現できません。
代わりに、いわゆるクラウドやSNSを活用しています。具体例として、お客様との連絡をメールやLINEで行う中ではお客様1対担当者1でつながるのではなく、お客様1:部署全員でつながるようにしています。ゆえに、担当者がほかの要件にかかっていたり、休暇中だった場合は代理で他の社員が対応できるようになっています。
もちろん対応に時間を要することも多々ありますが、何より応対スピードを向上することを全体として意識しています。そして、そのような活動の中でこそ、デジタルツールは活きてきており、真にその利用価値が高まっていると感じています。
最終的な信頼感や安心感は主となる担当者が醸成すべきものではありますが、取引の進捗にあたって生じる詳細な質問や一般的な受け答えは、主担当者でなければできないというものではありません。主担当以外からでもなるべく素早く対応してもらえることが求められていることが多く、それをなすことで主担当への信頼が増し得るものと考えております。
育休明け・時短勤務でも成果の出るDX
ちなみにその反響対応チームのリーダーは育休明けの復職者に担ってもらっています。彼女は今年の5月に育休を終え、業務に戻ってきてくれました。2009年入社以降長らく賃貸の営業業務に従事しており、持ち前のひたむきさと真面目さにより、全営業の中でも常に上位に位置する存在でした。
そんな彼女でしたが、育児と業務との兼ね合いを鑑みると、以前と同等の業務は難しいと感じておりました。本人も同様に不安を感じながらの復職だったようです。そこで、時間や場所にとらわれず自由に業務に従事できるであろう反響対応チーム創設の構想について相談したところ、請けてくれることとなりました。
実際に業務を開始してみると、社外では追客業務の結果が20%くらいが普通だといわれているところ、チーム平均で40~50%という結果を残しています。30%を超えることが目標とされる中、驚異的な数字を出し続けてくれています。先日とある不動産IT系企業の役員との打ち合わせの中でその事実を伝えたところ「スーパーマンがいる」と驚嘆されたことは、私が褒められたわけでもないのに、とても嬉しく感じたものです。
1年前流行りに乗ってデジタルツールを急いで導入したばかりの私は、まさにその形ばかりのDXに酔っていただけでした。でも本当のDXっていうのはおそらく瞬時にかなえられるものではなく、仕事の仕方自体を変えるようなとても根源的なもので、長期的な取り組みが必要なものだと今では痛感しています。
そしてきっとこれは終わることのない「変身」なんだと思います。まさにこれこそがダーウィンのいう「強いものが生き残るのではなく、変化に対応できるものが生き残ることができる」ということなんだろうな、とかぼんやり考えている今日この頃です。